強誘電性液晶
強誘電性液晶(FLC:Ferroelectric Liquid Crystal)を簡潔に説明するなら、「自発分極を持ち、外場で反転可能な液晶」である。
自発分極
自発分極とはなんだろうか?簡単にいってしまえば、「何もしなくても分極している液晶」である。
こう説明されてスッと分かっただろうか?
もう少しかみ砕いて説明しよう。
分極というのは、先に説明した通り、分子内に存在する双極子モーメントである。
この双極子モーメントは液晶分子ひとつひとつが、1個ずつ持っているわけであるが、
このモーメントの方向に偏りがあれば、分極が生じる。
つまり、自発分極を生じることになるのです。
さて、ここで考えてみよう。
世の中で広く扱われているネマティック液晶では、自発分極を発生することはできるだろうか。
通常のネマティック液晶は、液晶分子に頭と尾っぽの区別が無いので、
もし、分子長軸方向にモーメントが発生していたとしても、上向きと下向きが打ち消しあってしまう。
一方、分子短軸方向もしくは傾いてモーメントが発生していた場合、
通常のネマティック液晶は、液晶分子が縦と横にクルクル回転してしまうので、結局は打ち消しあってしまう。
こういった理由で、通常、ネマティック液晶では、自発分極が発生しないのである。


※"通常の"としたのは、自発分極を有するネマティック液晶がいつか発見されるかもしれないため。
さて、今、説明したように、分子が回転したり、上下の区別が無かったりすると、自発分極はできないようだ。
では、自発分極を発生させるには、どうすれば良いか? そう、この逆になれば良いわけです。
つまり、上下の区別があったり、分子が回転しないような非対称性を持つ液晶分子を考えれば良いのである。
このような分子を実現するためのキーポイントが「キラルな分子」である。
”キラルな分子”とは何か? 「キラリティを有する分子」である。
キラリティは、英語で”chirality”と書きます。
たまに”カイラル”とか”カイラリティ”と呼ぶ先生もおられます。
さて、キラリティを有する分子というのは、どんな操作を分子に行っても、
重ね合わせることができないという特性があります。
操作というのは、次のことを言います。
並進操作
水平移動したとき、重ね合わせることができるか?
反転操作
分子を反転させたとき、重ね合わせることができるか?
鏡映操作
分子を鏡に映したとき、重ね合わせることができるか?
回映操作
分子に対して、鏡映操作の後、回転させたとき、重ね合わせることができるか?
この4つの操作で重ねあってしまう分子は、キラリティが無い分子である。
これらの操作を行っても、どうしても重ならない分子がキラリティがある分子である。
キラリティがある分子のうち、中央の原子(図中の灰色)をキラル中心と言い、
大抵は炭素原子であるのですが、炭素原子の場合には、不斉炭素原子と言います。
キラリティがある分子は、構造に非対称があります。
非対称な分子を、密にパッキングしようとした時、モーメントを打ち消すメリットよりも、
同じ方向に詰まって、体積を減らす方がエネルギーが小さくなることがあります。
この時、モーメントが揃って、自発分極が発生します。


さて、強誘電性液晶の前提となる自発分極の説明をしたところで、
基本的な内容である、「常誘電体」と「強誘電体」という概念を知っておきましょう。
常誘電体
常誘電体は、自発分極を持たない誘電体のことです。外場を印加されるまでは分極を生じませんが、外場によって分極が誘起される材料です。
通常のネマティック液晶などは、この常誘電体に分類されます。
強誘電体
強誘電体は、自発分極を持った誘電体のことです。外場を印加しなくても分極を生じています。
この自発分極は、常誘電体に外場を印加した時に誘起される分極よりも、かなり大きな分極なので、
外場を印加したときの応答(外場の向きに分極方向が向くスピード)が非常に速いことが特徴です。
さて、このように説明すると、強誘電体である強誘電性液晶のほうが、メリットがあって良いように思えます。
しかし、強誘電性液晶には、ちょっと変わった特性があります。

キラリティのある分子は、構造的に互いに重ならない分子構造を持っているので、
最もエネルギーが小さくなるように分子を並べた時、
このような螺旋構造を取るのが最も安定になるのです。

ちなみに、このチルト角は大きいほうが良いです。
螺旋構造の液晶分子に電場を印加した時には、液晶分子はコーンの端から端までは動く事ができます。
つまり、液晶分子のダイレクタを変化させる大きさは、チルト角の大きさによって決まります。
もし、チルト角が小さい場合には、電場によるダイレクタの変化、
言い換えれば、誘電率の変化が小さくなってしまうことになります。
誘電率の変化が小さいということは、光を制御する能力が小さいわけですから困ります。
したがって、光を制御する能力を上げるために、チルト角は大きいほうが良いのです。
さて、螺旋構造の話に戻ります。
この螺旋構造を持った液晶をディスプレイに応用することを考えましょう。
これは困ったことになります。
なぜなら、液晶ディスプレイでは、液晶が同じ向きに並んでくれないと、一様な色を出すことができません。
螺旋構造を持っているということは、電場を印加しない状態では、いくら界面から液晶分子を並べようとしても、
バルク(界面から離れたところ)の液晶分子が、同じ向きには並んではくれない事を表しています。

なんとかこのデメリットを解決できないだろうか?
実は、強誘電性液晶を一様に並べることができる手法があるのです。
表面安定化強誘電性液晶
まず、強誘電性液晶の螺旋構造を解くことを考えましょう。その手法のひとつが「表面安定化強誘電性液晶」です。
強誘電性液晶を表面を使って安定化するということで、強誘電性液晶を表面にどんどん近づけるわけです。
つまり、液晶セルのセル厚を薄くして、液晶に及ぼす界面の影響を大きくしていきます。
このようにセル厚を薄くしていくことによって、表面安定化という効果が発現します。
表面安定化された強誘電性液晶は、螺旋構造が解け、液晶分子は2つの配向状態のみを示すようになります。
通常の液晶セルは、4μm程度で用意するのですが、表面安定化は2μm程度のセル厚の液晶セルを使います。

さて、どうして螺旋構造が解けてしまうのでしょうか?
強誘電性液晶は螺旋構造になっているのが、最も自然です。つまりエネルギーが小さいわけです。
しかし、セル厚が薄くなることで、エネルギーが大きくなる何かが起きるわけです。
その何かというのは、欠陥ができることによるエネルギーの増大です。
薄いセルで螺旋構造を実現しようと思うと、いろんなところに転傾と呼ばれる欠陥が出来てしまいます。
これは、螺旋構造のうねりを吸収するだけのスペースが、セル厚の減少と共に減ってしまうために生じます。
たくさんの欠陥が出来てしまうと、いくら螺旋構造のエネルギーが小さくても、全体のエネルギーが大きくなります。
その結果、螺旋構造にはなれないけれど、欠陥が少なくなるように強誘電性液晶が配向します。
それが表面安定化によって、液晶の配向方向が2方向のみになった特殊な構造です。
液晶の配向が2方向のみというのは、どういうことでしょうか。
これは先ほど説明したコーンの2つの場所でのみ、液晶が存在できることになるということです。
このように2か所に安定する場所がある性質を「双安定性」と呼びます。

この双安定性を持った強誘電性液晶は、印加する電場の正負によって、その位置を変化させます。
双安定性を示すとき、誘電率と印加電圧値をプロットすると、「ヒステリシス」と呼ばれるグラフになります。
よく学生実験で強磁性体のヒステリシスを観測したりしますが、誘電率と磁化率の違いがあるだけで同じですね。
グラフより、印加電圧値をゼロにしたとき、印加した電圧によって、異なる場所に戻って来ていることが分かります。

では、「双安定」と違って、1か所にだけ安定する場合は何と呼ぶのでしょうか?
それが「単安定」です。通常のネマティック液晶は、この単安定性を示します。
どんな電圧を印加したとしても、電圧を切ってあげれば、いつも同じ場所に帰ってくる。
そういう性質のことです。
単安定の場合、電圧と透過光強度の関係をプロットすると、V字型の電気光学特性を示します。
このような特性であれば、印加電圧によって毎回同じ液晶の配向を実現することができるので、
ディスプレイ応用に使えるようになっていきます。

高分子安定化強誘電性液晶
さて、表面安定化によって、液晶分子を双安定にするところまで来ました。次は、この双安定を単安定に変える技術です。
双安定を単安定にするために、液晶に高分子のモノマー(単量体)を混ぜ、重合させる手法を用います。
モノマーは重合すると、ポリマー(高分子ネットワーク)を形成するようになります。
この高分子のモノマーは少し特殊で、液晶と同じように異方性を持ち、配向する事ができるものを使用します。
この液晶の性質をもった高分子材料を、液晶性高分子とか液晶性モノマーと呼んでいます。
手順としては次のようになります。
1.液晶に高分子(液晶性モノマー)を混ぜます。
2.電場を印加するなど、液晶と高分子の配向方向を揃えます。
3.高分子を重合させます。UV光で重合させる手法が一般的です。
4.電場を除去しても、重合した高分子によって配向方向が揃ったままになります。

もちろん高分子が大量に入っていると、重合した後、高分子の束縛が強すぎて液晶が動けなくなってしまいます。
実際には、高分子を混ぜる量は、重量比で3wt%程度(液晶100gに対して高分子3g)と非常に少なくなっています。
このように重合した高分子によって、液晶分子の配向方向を束縛した状態を、高分子安定化と呼びます。
重合した”高分子”によって、液晶分子の配向が、ある方向に”安定”となる状態になったので「高分子安定化」です。
SSFLCに電圧を印加し、配向を揃えた状態で、高分子安定化をしたときの、電気光学特性を考えてみましょう。
SSFLCは2つの安定状態のみを取りますから、そのうちの1方向が安定状態となるように配向が安定化されます。
よって、重合で使用した電圧の極性(+ or -)に対しては、電圧を印加しても配向が変わらない。
つまり、V字ではなく、半分だけV字のHalf-V形の電気光学特性を示すようになります。

一方、強誘電性液晶をSmA相のように、分子配向方向が一方向に揃った相にしてから高分子安定化を行った場合には、
安定化を行う際の配向状態が電圧印加時と異なるため、V字形の電気光学特性を示すことも可能になります。
強誘電性液晶のディスプレイ
高分子安定化によってV字形やHalf-V形の電気光学特性を示すのであれば、ディスプレイ応用は容易に見えます。強誘電性液晶は非常に応答速度が速いので、ディスプレイにとって有用な材料に思えます。
では、強誘電性液晶を利用したディスプレイは一般的かというと、まったくもって一般的ではありません。
昔、一度はノートパソコンのディスプレイとして商品化されたことはあったのですが、それっきりです。
その理由として考えられるのは、別章にて説明しているスメクチック液晶に特有の層構造や欠陥の存在があります。
ざっくり言ってしまえば、ネマティック液晶は多少手荒に扱っても大丈夫だが、
強誘電性液晶を示すスメクチック液晶は、繊細な扱いが要求されるために、実用が難しいわけです。
特にディスプレイの場合、車載用であれば激しい温度変化に耐えなくてはいけませんし、
携帯電話用のように持ち運ぶものについては、落下などの衝撃にも耐えなくてはいけません。
さらに、ネマティック液晶の応答速度が向上し、強誘電性液晶の優位性は少なくなってしまいました。
そのため、ディスプレイに限らず、強誘電性液晶の特殊な性質を利用した新たな応用先が見つかることを期待しています。
強誘電性液晶での相配列と層構造・パッキング
強誘電性液晶を液晶セルに詰めた時、どのような構造を示すのかを、ここで説明しようと思います。そのためにまず、典型的な強誘電性液晶の相について説明してから、話を進めます。
典型的な相配列
典型的な強誘電性液晶は、次のような相を示します。低温側 Cryst. - SmC相 - SmA相 - N相 - Iso. 高温側
液晶に限らず、物質は低温になればなるほど、密度が高くなり、分子間距離は狭く、体積が減る傾向を示します。
つまり、液晶セルのように容器に詰められたとき、相が変わった場合に生じる体積変化は、構造変化として現れます。
とパッキングの関係
SmA相からSmC相に相転移した時を考えます。SmA相では、分子長軸は層に対して垂直方向ですので、層構造は基本的にガラス基板に対して垂直に積層しています。
一方、SmC相では、分子長軸は層に対して、チルト角だけ傾きますから、層構造はガラス基板から傾いて積層します。

SmC相がSmA相よりも低温であり、相転移に伴って生じる体積減少が生じます。
この体積減少分を吸収するために、層構造が折れ曲がります。
界面部分での分子の傾きをプレチルトと言いますが、上下基板のプレチルトが生じる方向によって、
層が折れ曲がった時の構造が大きく変わり、Chevron構造とBookshelf構造の2種類があります。
この折れ曲がった構造が2つあることによって、生じる欠陥が変わってきたりします。
欠陥については、別章にて説明します。