ベネッセハウス・ミュージアム&地中美術館
設計: 安藤忠雄
所在地: 香川県直島
竣工年: 1998年(ベネッセハウス・ミュージアム)、2004年(地中美術館)



ベネッセハウス・ミュージアム(エントランス・アプローチ)「南瓜」(草間彌生)とともに
 

 美しい瀬戸内海の風景に溶け込み、風景を活かし、風景に活かされる建築という瀬戸内海歴史民俗資料館(第44回)の基本理念は、安藤忠雄の直島でのすべての建築活動を貫くものでもあります。すでにベネッセハウス・ミュージアムが地形に溶け込み、樹木に隠れるように存在し、内側からの瀬戸内海の眺めを非常に大切にして、眺めが建築の魅力の大半を占めていましたが、地中美術館は、その名が示す通り、地中に埋没する美術館です。


 私は、その最初期からのほとんど全ての建築作品を見てきたごく限られた安藤ウォッチャーの一人ですが、安藤ほどボクサーが低い目線から動く相手をじっと見据えるあのスタンス(これは、結構しんどい)を維持し続けてきた建築家はいなかったと、最近強く思うようになっています。住吉の長屋(1976年)、北野アレイ(1977年)、小篠邸(1981年)、タイムズT・フェスティバル(1984年)、六甲の教会・城戸崎邸(1986年)、水の教会(1988年)、光の教会・ライカ本社ビル(1989年)と、思いつくままに建築名を挙げてもこれだけあって、まだ1980年代まで。すごく多作で、前後左右に激しく動いても、彼自身の重心の位置、目線の高さは動かない。どの建築でも、ぶれていない。彼は、動いていないと(時代に、社会に)やられることを知り尽くしたアスリート系建築家であり、どこにあっても身体全体で環境に反応できるアーティスト系の建築家でもあります。動のなかに静があり、静のなかに動がある。寸法・レベル・素材を活かす厳しい感覚は、世界の超一流のアーティスト、デザイナーと肩を並べる。


 主としてコンクリート、鉄、ガラスなどの工業材料を使い、徹底した幾何学形態の操作によって目指す「ワクワクさせる」「生き生きした」多様な空間を創出する彼は、無から有を生み出そうとするかに思われがちですが、彼ほど、すでにそこに有るものとの対話を通して厳しく本質的な関係を彫琢し、それを建築化するというプロセスを何度も辿りなおしている建築家はいません。私は、ある時期から安藤の建築に現れる三角形という幾何学形態に注目していますが、三角形は四角形と比較して機能的には使いにくいが空間的に面白い特性をもつものです。三角形以外にも楕円形など安藤がこだわりをもって使う幾何学形態がありますが、いずれにせよ「関係」を厳しく彫琢してゆくと本質として幾何学形態が現れます。そして、それが場所・自然・環境「のなかにある」、あるいは「と対峙する」関係として視覚化され建築化されるのです。ですから彼を、宇宙・世界を構成する要素(元素)にまで還元作用を徹底させるという意味でエレメンタリストと呼ぶことができますしミニマリストと呼ぶこともできます。ジェイムズ・タレル、リチャード・セラ、エルズワース・ケリーらと同じように。ここでは光も、一つの構成要素です。


 1970年頃にスタートして、瀬戸内海歴史民俗資料館と通底する時代の感覚をもちながら、安藤が場所・環境・自然とどう向き合い、どう「関係」を深化させてきたかが、直島のベネッセを歩くと、よく分かります。「建築が場所を、環境を、つくり上げてゆく」。当たり前のことのように思われるかもしれませんが、この「つくり上げる」域まで到達することが難しい。安藤はそれをやってきたのだということが分かるようになったのは、私自身が長野県小布施町でまちづくりに携わり、1970年代からの宮本忠長の小布施での建築活動を何度も見直していることとも関係があるに違いありません。


 実際、直島のベネッセを歩いて、1970年頃の状態から現代建築はこの域まで進化(深化)していることを実感できました。


 直島プロジェクトは、ベネッセコーポレーションの福武總一郎の存在なくしては考えられません。彼がこのプロジェクトを始めたきっかけにも、「瀬戸内海の素晴らしさ」を挙げています。「瀬戸内海を見て、考え方が一変した」「日本が世界に誇れるものは瀬戸内海の素晴らしさだ」と。


 「地中美術館」「家プロジェクト」と続き、直島はどう変わったのだろうか。どう環境を整え住民の生活を豊かにして、地域づくり・まちづくりが進んでいるのだろうか。お盆の時期は混むと聞いていましたが、その混み具合を体験してみたいという気持ちも働いて、お盆の最中に直島を訪れました。


 帰省した友人同士で訪れているのでしょうか、若者のグループも多く、まさに老若男女でにぎわっています。私は高松からフェリーで宮浦港に着きましたが、岡山県側から訪れた人もたくさんいます。


地中美術館では白い作務衣(のようなユニフォーム)を着た若いスタッフに一列に並ぶように指示されて、靴を脱いで入る二つの展示室では、ともに20分ほど待ちました。「はい、ここまでのグループ、先に進んでください」「はい、どうぞ、ごらんください」と。


 ベネッセハウス・ミュージアムはゆっくり観賞できました。ここから見える瀬戸内海の風景が素晴らしい。人々は、個々のアート作品とか建築よりも、この環境(全体)に身を置きたいのではないか。建築の内部では黙々と歩いていますが、さっと眺望が開けると、その瞬間に人々の顔が明るくなり、眺望の方向に駆け出すのです。


 「環境づくり、まちづくりは引き算だ」と実感しました。還元というむずかしい表現よりも引き算と言ったほうが分かりやすくもなります。不要のものをどんどん引き算すると、見えてくるものがある。建築・アート作品が直接、自然と対話し始めます。直島では、その対話に参加する喜びを、あちこちで味わうことができます。むずかしい現代アートもその場にとどまり、周囲の自然(樹木・岩・砂浜・海・空・光など)との関係を感じ取れば徐々に「意味」が分かったように思えてきます。美術館のホワイト・キューブに置かれた場合とは、ずいぶん印象が違うはずです。逆に、だからこそ、アートが環境の整備とその維持を促しているようにも感じます。少なくともアート作品の周囲にごみを散乱させておくわけにはゆきません。作品の置かれている砂浜だけでも、整備されたその美しさに、しばし佇みたくなるほどです。


 家プロジェクト。訪問者たちが外で順番待ちするほどに、個々のプロジェクトへの関心は高く、アートによるまちづくりが具体的に生活環境を整え、一過的ではなく定着しています。これも、まちづくりの一つの手法であって、その成功度を、歩いて確かめました。


 島は野菜も海の魚も豊富で地元で採れる安全な食、アートを通しての文化的環境づくり、そして素晴らしい自然。こういったものに囲まれることで、「ベネッセ=よく生きること」が可能になる。華美な生活よりも、地に足のついた本当に豊かな生き方を世界に発信したい、という福武の言葉は、小布施のまちづくりにも活かせそうです。


(2009年8月20日記)
 

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