解説―p53制御による放射線防護

Sodium orthovanadate inhibits p53-mediated apoptosis.  Morita, A., Yamamoto, S., Wang, B., Tanaka, K., Suzuki, N., Aoki, S., Ito, A., Nanao, T.,
Ohya, S., Yoshino, M., Zhu, J., Enomoto, A., Matsumoto, Y., Funatsu, O., Hosoi, Y., and Ikekita, M. (2009). Cancer Res., doi:10.1158/0008-5472.CAN-08-3771

 急性放射線障害の原因として骨髄や小腸などの高感受性組織の障害が知られています。 従来の放射線防護剤はチオリン酸化合物などの活性酸素除去剤が中心でありましたが、 近年、アポトーシス制御による放射線防護剤開発が試みられるようになってきました。
アポトーシス制御による放射線防護の狙いは、高感受性組織の過度の細胞死を抑制することにあり、 p53阻害剤ピフィスリン-α(PFTα)など幾つかの成功例を挙げることができます(1-4)。
本論文では、我々が見出したp53阻害剤、オルトバナジン酸ナトリウム(バナデート)の放射線防護効果が、 これ迄に報告されたp53阻害剤を凌ぐ防護効果を示すこと、 また、その防護効果が近年明らかにされたp53による2つのアポトーシス誘導経路(転写依存性経路と転写非依存性経路)の両方を 阻害することに基づくものであることを明らかにしたので紹介します。

これ迄に報告されているp53阻害剤との比較

 我々はまず、これ迄に報告されているp53阻害剤との阻害効果の比較を行うため、 放射線誘発アポトーシスのモデル細胞として繁用されているヒトT細胞性白血病細胞株MOLT-4細胞に、 p53プロモーターの直下にルシフェラーゼ遺伝子をつないだレポーター遺伝子を導入しました。
このレポーター細胞で比較検討を行ったところ、これ迄に報告されているp53阻害剤、PFTα、サリチル酸ナトリウム、塩化カドミウムは、 バナデートと同様に濃度依存的に放射線照射後のp53転写活性を抑制しました。
また、RT-PCRやイムノブロッテイングによるp53標的遺伝子の転写活性化の検討でもレポーターアッセイの結果を裏付ける阻害効果が確認されました。 しかしながら、それぞれのp53阻害剤の転写阻害効果とアポトーシス抑制効果に相関が認められたのはバナデートのみで、 他のp53阻害剤ではレポーター細胞の放射線誘発アポトーシスを充分に抑制することはできませんでした(図1,図2)。
これを我々は、バナデートのみが他のp53阻害剤にない薬理効果を有しているものと捉え、この薬理効果の分子機構の解析を進めました。


図1 各阻害剤における転写阻害効果

図2 各阻害剤におけるアポトーシス抑制効果

バナデートのp53特異性の再検証

 バナデートのp53転写阻害効果を明らかにした我々の以前の研究では、p53特異性の検証として、 p53遺伝子型の異なる細胞株やp53ショートヘアピンRNA(shRNA)を細胞内で恒常発現させたMOLT-4ノックダウン細胞株の比較を行い、 バナデートの抗アポトーシス作用を明らかにしましたが(5)、 バナデートが他のp53阻害剤にない薬理効果を有していたことから、この薬理効果が本当に野性型p53に特異的な効果なのか、より詳細な検討を行いました。
今回の研究では、ノックダウン細胞株だけでなく、p53不活性化因子としてヒトパピローマウィルス由来E6導入MOLT-4細胞株、 p53ノックアウトマウス由来の胸腺細胞、p53が不活性化されている変異型p53を有する白血病・リンパ腫由来細胞株との比較を行いました。
その結果、何れの比較においても、p53細胞が不活性化された細胞・細胞株では放射線やDNA損傷剤によるアポトーシスをバナデートが抑制することはなく、 遺伝子傷害性ストレスにおけるバナデート効果の標的分子はp53であることが強く示唆されました。


図3 各阻害剤添加時のミトコンドリア膜電位の変化

図4 各阻害剤添加時のBax,Bakの構造変化
バナデートはp53によるアポトーシスをどのようにして抑制しているのか?

 ではバナデートはp53転写以外の何を抑制しているのでしょうか?
  p53特異的と考えられている以上、p53が持つ機能の何かを抑制していることは間違いなさそうです。 我々はその手掛かりを得るため、p53依存性アポトーシスの要となるミトコンドリアでのアポトーシス変化を検証しました。 その結果、バナデートはMOLT-4細胞の照射後のミトコンドリア膜電位の低下やBax、Bakの活性化を抑制できたのに対し、 比較として用いたPFTαでは何れのアポトーシス変化も抑制することができませんでした(図3,図4)。
このミトコンドリアでのアポトーシス変化をもたらすp53経路には2つの経路があることが知られていました。
一つはp53転写活性化によるPUMAやNoxa等の標的遺伝子の遺伝子発現を介したミトコンドリア経路、 もう一つは照射後に蓄積したp53が直接ミトコンドリアのBcl-2ファミリー分子に結合することで誘導される転写を介さない経路(転写非依存性経路)です。
他の阻害剤がp53標的遺伝子発現を抑制できるにも関わらず照射MOLT-4細胞のアポトーシスを抑制できないことは、 p53転写阻害だけではこの細胞のアポトーシス抑制に十分でないことを示しており、 もう一つの経路である転写非依存性経路に対する抑制効果の有無がバナデート効果の決め手となっていることが示唆されました。

 バナデートは転写依存性経路だけでなく転写非依存性経路も抑制することができる

 バナデート以外の3つのp53転写阻害剤がMOLT-4細胞の放射線誘発アポトーシスに効かない原因として、 本細胞のp53依存性アポトーシス経路が転写非依存性経路に偏っていることが推察されました。 そこで、我々は転写非依存性経路の特異的阻害剤とされるPFTμ(3)のMOLT-4細胞死抑制効果を新たに検討しました。
その結果、PFTμはバナデートに迫るアポトーシス抑制効果を示し、 本細胞の放射線誘発アポトーシス経路は転写非依存性経路が主経路であることが明らかとなりました。 さらに、転写非依存性経路の実体である照射後のp53のミトコンドリア移行、ならびにBcl-2との結合をバナデートが抑制したこと、 さらに、ミトコンドリア局在シグナルを付加した改変p53ベクター導入によるSaOS-2細胞のアポトーシス誘導をバナデートが顕著に抑制したことから、 他のp53阻害剤に勝るバナデートの抗アポトーシス効果は、両経路の阻害に基づくものであると結論付けられました。


図5 p53依存性経路におけるバナデートの作用機構

 

図6 各阻害剤投与後30日間の全身照射マウス生存率
 バナデートは腸死を克服し得る初めてのp53阻害剤である

  成体マウスでのバナデートの有効性を検証するため、 骨髄死相当線量(8 Gy)と腸死相当線量(12 Gy)を曝露させたICRマウスの30日生存率を調べました。 8 Gy全身照射マウスでは3分の2のマウスが死亡したが、照射30分前にバナデートを投与したマウスでは 全てのマウスが生き残りました。 また、比較として用いたcPFTα(PFTαより毒性の低い環状のPFTα類縁体)は90%のマウスを防護しました。 一方、照射12日以内に全てのマウスが死亡する12 Gyの腸死相当線量に対して、 cPFTαは全く防護効果を示しませんでしたが、バナデートは60%のマウスを防護しました(図6)。 さらに病理学的解析として、8 Gy照射マウスでは骨髄の形成不全、12 Gy照射マウスでは腸上皮における腺窩の消失、 絨毛の萎縮について検討した結果、バナデートはcPFTαよりも優れた防護効果を示し、 30日生存率データを裏付ける病理所見が得られました。 防護効果の大きさの指標であるDRF(線量減少率、dose reduction factor)は1.5〜1.6という優れた値を示しました。

 展望

 このようにバナデートは全身照射マウスにおいても高い放射線防護効果を示したため、放射線防護剤としての利用が期待されます。また、急性放射線障害の予防や治療だけでなく、がんの放射線療法においてもp53の制御は正常組織とがん組織の選択性を図る上で有効な手段となります。多くのがん細胞ではp53に変異や発現抑制、あるいはウイルス由来因子による不活性化が見られ、p53機能が抑制されていることが正常組織との最も大きな違いとなっている場合が多いからです。また、放射線療法のみならずDNA傷害性の抗がん剤を用いた化学療法の正常組織障害軽減も期待されます。さらに、照射後に活性化するp53が標的であることから、p53が活性する前であれば被ばく後の急性障害にも緩和剤として機能します。細胞レベルでの緩和効果は既に報告していますが(5)、照射後のマウスにおいても救命効果が認められることから、我々は緩和剤としてのバナデートの有用性にも注目しています(王 冰ら、投稿準備中)。  しかしながら、今後の研究の指針としてバナデートの問題点もここでは挙げておきたいと思います。本研究で使用したバナデートのおよそ3倍量のバナデートを投与するとマウスが死亡してしまうことや、今回用いた投与量では顕著な異常は認められませんでしたが、チロシンフォスファターゼなどのp53以外のバナデートの標的分子が存在することから、バナデートの予期せぬ副作用が問題となることもありえます。また、バナデートの細胞浸透性は低いことが知られており、今後改良を検討すべき課題の一つといえます。これらの課題への対処として、バナデート効果を応用した防護剤・緩和剤開発では細胞毒性を低減させるためにp53への特異性を高めることや、細胞浸透性を高める工夫も必要となります。このような工夫を施したp53両経路の遮断薬は、これ迄の治療制限を克服する正常組織防護剤として臨床的にも充分に効果を発揮するものと思われます。  本研究は、池北研究室だけでなく、放射線医学総合研究所、東京大学との共同研究によってもたらされた成果になります。この場を借りて御協力いただきました関係者の皆様に深く感謝致します。  また現在、当研究室では、本学薬学部生命創薬科学科 青木研究室と協同でバナデート効果を模した新規p53阻害剤の開発を進めております。今後の発展にご期待ください。

 参考文献

1. Komarov, P.G., et al. (1999). A chemical inhibitor of p53 that protects mice from the side effects of cancer therapy. Science 285, 1733-1737.
2. Komarova, E.A., et al. (2004). Dual effect of p53 on radiation sensitivity in vivo: p53 promotes hematopoietic injury, but protects from gastro-intestinal syndrome in mice. Oncogene 23, 3265-3271.
3. Strom, E., et al. (2006). Small-molecule inhibitor of p53 binding to mitochondria protects mice from gamma radiation. Nat. Chem. Biol. 2, 474-479.
4. Burdelya, L.G., et al. (2008). An agonist of toll-like receptor 5 has radioprotective activity in mouse and primate models. Science 320, 226-230.
5. Morita, A., et al. (2006). Sodium orthovanadate suppresses DNA damage-induced caspase activation and apoptosis by inactivating p53. Cell Death Differ. 13, 499-511.

紹介者:森田 明典、大谷 聡一郎、吉野 美那子 (東京理科大学理工学部応用生物科学科 池北研究室)