強誘電性液晶
この章では、高速応答のディスプレイ応用に向けて研究が進んでいる強誘電性液晶についてお話しましょう。
強誘電性液晶とは液晶における強誘電体であるので、強誘電性という意味について理解してもらうために、まず、結晶における強誘電体の定義を話そう。
結晶の中でも、電気を通さないような物を絶縁体言い換えると誘電体と呼ぶが、誘電体の中には、圧電体や焦電体、強誘電体があることが知られている。
圧電体とは、圧力を加えた時に分極または電圧が発生する物質の事である。逆に、電圧をかけてやると応力が発生する。
圧電体を利用した製品として、ガスコンロがある。ガスコンロは着火する際に圧電体に応力をかけ、電圧を発生させることによって火花を散らしガスに着火させるのである。
ガスコンロで着火する時に音が鳴るのは、圧電体をハンマーのような物で叩いている音なのです。
そして、焦電体とは、圧電体の中でも温度変化によっても分極が発生するものを言います。
圧電体や焦電体は主にセラミックスのような材料でよく利用されています。
では、通常の結晶、圧電体、焦電体、強誘電体、このような性質の違いをもたらしているものは一体何なのだろうか?
ここで下図を見てもらおう。

これら、性質の違いをもたらす原因はそれぞれの結晶構造の「対称性」の違いである。
結晶を考える際、対称性というものは非常に重要である。
ここでは詳しくは述べないので、詳しく知りたい場合は結晶学の本を読んでもらいたい。
では、強誘電性となる対称性とは何だろうかというと、図の下部に示したような対称性である。
このような対称性を有したものだけが、強誘電性を示すのである。
強誘電性とは、「外部電場を印加しなくても分極を示す"自発分極"を持ち、外部電場を印加する事によって分極を反転させる事ができる」物質なのである。
じゃあここで液晶で考えてみよう。
もちろん液晶においても強誘電性になるためには、これらの対称性を有する必要があるのです。
図の下部に示したように、強誘電体となる対称性を有するのは、カイラル分子を有するものである。
(実際には、カイラルを有していないものでも強誘電性を示す物質もあるので、一概にカイラルを有するとは言えない)
では、ここでカイラル(キラル)について詳しく説明しよう。

そのため、左図に示したように鏡に映したような2つの構造が考えられる。(鏡像異性体)
これらは、どれだけ回転させても全く同じに重なる事ができない。
カイラル分子を持っていない場合、つまり4つ全てが異なる官能基でない場合には、回転させればかならず同じ構造になってしまう。

この2つの構造はそれぞれ、R体とS体として区別される。
R体とS体、両方の構造が等しく存在すると旋光性が消失してしまう。
このようなR体、S体が等量存在しているものをラセミ体と呼ぶ
もう一度、強誘電体の話に戻ろう。
強誘電体となるにはカイラル分子を有する事が必要であると分かった。
しかし、カイラル分子を持っていても、強誘電性液晶になれないものも存在する。それは、ラセミ体の場合である。
ラセミ体は、R体とS体が等しく存在するものであるから、マクロに見た場合、カイラルは存在しないような状態である。
このような状態では、強誘電体となるために必要な対称性を失ってしまうのである。
したがって、カイラルを持っていてもラセミ体でない事が必要なのである。
また、コレステリック(N*相)やカイラルスメクチックA相(SmA*相)はカイラルを有していても、自発分極を有していないため強誘電性液晶とはならない。
そして、永久双極子が分子長軸に垂直な方向に持っていないくてはいけない。
これは、分子長軸に平行な方向に永久双極子が存在すると、強誘電性液晶では存在し得ない対称性の発現が起こってしまうからです。
よって、強誘電性を示す液晶の条件は、
@.層法線から傾いた(チルトした)スメクチック相を有する
A.分子内にカイラルを有していて、ラセミ体ではない
B.分子長軸に垂直な方向に永久双極子モーメントを有する
と言えます。
しかし、上でも述べたように、これらを満たさなければ強誘電性液晶とならないわけではない事を注意しておきたい。
また、強誘電性液晶は「狙って作られた液晶」である。つまり、理論的に強誘電性となるための条件である対称性を満たすような物質を考え、そして合成されて作り出されたのです。
その初めて作られた強誘電性液晶が「DOBAMBC」であり、1975年にR.B.Meyerらが分子設計し合成を行なったものなのです。
ここからは、強誘電液晶が有する螺旋構造についてお話しよう。
強誘電液晶のようにカイラルを有し、さらにラセミ体でない場合は、その優勢なカイラルの方向へ液晶分子が螺旋構造をとる。 図に示した通りだが、螺旋構造をとる要因は分子間の相互作用である分子間力(van der Waals power)である。
このような螺旋を無電場状態でとることになるのだが、電場を印加した場合には、その分子の持つ双極子モーメントの方向が揃う事によって、分子全体が電場方向を向く事になる。

このように、螺旋構造を有する強誘電性液晶であるが、このような螺旋をとっている事からディスプレイに応用する事はできない。
そこで、通常の液晶セルに比べ、非常にセル厚の薄い表面安定化という技術を用いた表面安定化強誘電性液晶(SSFLC)という技術が提案されています。

通常、強誘電性液晶はその弾性エネルギーを最小にするために螺旋構造を組もうとします。
しかし、SSFLCのようにセル厚が薄くなると転傾線と呼ばれる欠陥の生成エネルギーが増加してしまいます。
したがって、セル厚が薄くない場合には、転傾線生成エネルギーもさほど大きくないため、転傾線が生成する事によるエネルギー増加よりも弾性エネルギーが最小になるように螺旋を組んだ方が安定であるため、螺旋構造をとろうとしますが、 セル厚が薄い場合には、基板のアンカリング力によって一様配列するエネルギーが、転傾線を形成する事によるエネルギー増加と螺旋を組む事によるエネルギー減少の和よりも 小さくなる事で螺旋構造を液晶分子がとらなくなり、2つの一様配列の構造のみをとる事になるのです。
このように螺旋がほどけ一様配列になるようなセル厚は一般にその螺旋構造のピッチ長程度(約2μm)といわれています。ただし、約2μmの均一な厚さの液晶セルを作製する事は難しいといった問題もSSFLCは含んでいます。
この章では強誘電性液晶について話してきました。
強誘電性液晶はその非常に有用な性質のために多くの研究がなされ、そして実用化への挑戦がなされてきましたが、未だその制御が難しい状態です。 それほど、強誘電性液晶は取り扱いの難しい物質でありますが、液晶としての魅力にあふれた物質ではないかと思います。
[参考文献]
強誘電性液晶の構造と物性 コロナ社 福田敦夫,竹添秀男著 1990
液晶とディスプレイ応用の基礎 コロナ社 吉野勝美,尾崎雅則著 1994