Self
renewal 発生、老化、時間
幻の第5研究部門はどこへ向かうのか?
1995年に多田富雄先生が東京理科大学に赴任されて生命科学研究所を組織されるにあたり、この研究所は、免疫生物学研究部門、分子生物学研究部門、生命工学技術研究部門、生命情報研究部門、そしてこの発生老化研究部門の5部門から構成される予定だった。だった、という言い方は間違いかもしれない。実際、多田先生御自身は、所長兼発生老化研究部門長という立場でおられたので、多田先生が退官されるまでは、この研究所の案内パンフレットには発生老化研究部門の名は存在し、それはあたかも実在するようでいて、でも現実は研究所のどこにも存在しない幻の第5研究部門であった。その幽霊屋敷に迷い込んでしまった。本当はこちらも幽霊で最初からそこにいたのに気づかなかっただけなのかもしれない。
ファブリシウス嚢という、免疫学の研究者でも今では知らない人のほうが多いと思われる、哺乳類にはない鳥類特有のマイナーなリンパ器官で起こっている奇妙な事態を研究しているうちに、それが哺乳類B細胞の自己・非自己識別受容体のシグナル伝達機構の研究へ、さらにその関連で、アレルギーに関与する肥満細胞、癌免疫に関わるナチュラルキラー細胞の研究へと、言ってみれば、流されるままに今までやってきた。つまり、骨もなく、華もなく、ただ「形のない液体」のように、流れ込んだ器によってはその形を変えて、無方向に生きてきた。よく生き延びていると自分でも思う。そう思っているのは自分だけで、ほんとはとっくに死滅しているのかもしれない。そう、死にきれない亡霊のように。
Self
renewal、全ての細胞に分化できる能力を持った「幹細胞」が幹細胞であるために、その多分化能を維持するための特性。それは単なる「再生」や「複製」とは違う。再生は発生プログラムの再実行であり、複製はコピーによるクローンの大量生産である。いい言葉が思いつかないが、Self renewalとは、「自己破壊を伴って、違う自己、新しい自己として、絶え間なく生まれ変わり続けること」ではないかと思う。そしてその能力を失って行く時間経過が「老化」である。このSelf renewalの制御機構について、記憶との関係も含め、これから新たにやっていこうかと思っている。ファブリシウス嚢から繋がる細い糸を辿りながら。
平成18年2月25日 後飯塚 僚