研究内容 〜NK細胞〜

研究室の紹介

ナチュラルキラー(NK)細胞の活性化制御を通した癌免疫療法の開発

 

背景: 全ての体細胞は老化や様々な内的・外的要因により遺伝子変異を蓄積し、「前癌細胞」へと進行する危険性を秘めていると考えられる。一方、生体はそのような「前癌細胞」を感知・排除する監視機構を有するが故に、多くの場合「前癌細胞」が癌へ進行することはない。したがって、癌とはこの自律的体細胞変異と監視機構のバランスのわずかな不均衡から生じるものと規定できる。ナチュラルキラー(NK)細胞は、このような腫瘍監視機構の中心をなす細胞であり、正常細胞と変異細胞を「厳密に」ではなく、おそらくある閾値をもって「ゆるく」識別する受容体を使って認識し、細胞傷害活性やIFN-?などのサイトカインの産生を通して、変異細胞が癌細胞へ進行するのを制御していると考えられる。

 

目的: 正常細胞と「限りなく正常細胞に近い変異細胞」を識別するために、NK細胞には、類似・同一分子を認識しながら、かたや活性化シグナルを送る受容体とそれとは逆に抑制シグナルを送る受容体が共に発現しており、NK細胞の活性化、すなわち「変異という認識の閾値」、はそれら複数の受容体からのシグナルの総和によって決定されていると考えられている。したがって、NK細胞による腫瘍監視機構に基づいた癌に対する抵抗性の増強を考えた場合、「変異に対する活性化・正常に対する抑制」、そのいずれかの認識の閾値を変化させるという手段が考えうる。ただ、正常に対する抑制が解除されることによる自己免疫発症の可能性、複数の受容体による活性化の制御ということを考慮すると、正常細胞に対する抑制の閾値を上げるよりも、変異細胞に対する活性化の閾値を低下させ、しかも複数存在する受容体レベルではなく、その下流の活性化シグナル経路の集結点で調節するという方法が最も理想的である。

 

戦略: 我々はB細胞やT細胞の抗原受容体を介した活性化に重要な役割を果たすシグナル分子であるBASH(BLNK/SLP-65)ならびにSLP-76と同じアダプターファミリーに属するMIST(Clnk)がマスト細胞やサイトカインで活性化されたNK細胞に発現していることを同定し、MIST欠損マウスを作製することにより、MISTのマスト細胞やNK細胞における機能解析を中心に行ってきている。その過程で、

1)MISTを欠損したNK細胞では様々な腫瘍細胞に対する細胞傷害活性やIFN-γの産生が亢進していること、

2)MISTSrc型キナーゼであるFgrと協調して、複数の活性化NK細胞受容体を介した細胞反応を抑制的に制御していること、

3)MIST欠損マウスは、腫瘍細胞の実験的肺転移モデルで、野生型マウスに比較し、転移の程度が有意に低いこと、

           
             

などが判明し、MISTは変異細胞に対するNK細胞の活性化の閾値を負に制御する分子であることが明らかになってきている。すなわち、MISTを分子標的にして、その発現や機能を阻害することは、変異細胞に対するNK細胞の活性化の閾値を低下させ、上述したようなNK細胞による腫瘍監視機構に基づいた癌に対する抵抗性の増強に密接に関連してくると考えられる。
 したがって、本研究では、癌抑制遺伝子であるp53欠損マウスなどを用いて自然発症性腫瘍の発現・進行過程におけるNK細胞を中心とした免疫監視機構におけるMIST分子欠損の影響について解析し、NK細胞の活性化制御の分子機構を解明することによって、NK細胞受容体による「変異」識別の閾値を人為的に制御する方法の基盤確立を目指す。また、NK細胞におけるMISTの発現はIL-2IL-15などのサイトカインによって増強することから、MISTはサイトカインによるNK細胞活性化の負のフィードバック機構として機能しているものと考えられる。したがって、これまでの癌に対するサイトカイン療法の有効性およびその限界を考慮すると、MISTの発現や機能を制御する方法が開発されれば、それはサイトカインのNK細胞活性化に対する効果を増強し、また投与するサイトカイン量の軽減など、サイトカイン療法の補助療法としても期待できる。