中性子ラジオグラフィによる建築材料中の水分挙動の可視化・定量化に関する研究

research member
M2 篠田 裕樹
M1 榎村 剛
B4 鎌倉 里実
B4 城戸 成彰

1.はじめに

コンクリート構造物の耐久性モデルや劣化メカニズムの精緻な解明及び把握は,建築材料学の最重要課題の一つとして位置付けられます.また劣化を促進する因子の中でも,コンクリート中の水分は構造物の耐久性に大きく関与していることが知られており,その挙動に関して多くの研究がなされてきました.しかしこれまで,コンクリート中の水分に対する高空間分解能・高時間解像能をもった測定方法は確立されていませんでした.本研究では他の工学分野において用いられている中性子ラジオグラフィ(Neutron Radiography)を応用することにより,コンクリート中の水分挙動の可視化および定量化を行っています.


2.中性子ラジオグラフィとは

中性子ラジオグラフィとは,中性子が物質を透過する際に原子核と中性子の相互作用(捕獲・散乱・核反応)により生じる減衰特性を利用した非破壊可視化技術です.同じような原理を利用した例として,X線レントゲン写真があげられ,本手法はレントゲンの中性子版といえます.中性子は試料の密度や厚さ,物質固有の値である質量吸収係数を因子として減衰しますが,特に水素に対しては強い吸収・散乱の作用を示すため,中性子は水分存在状況に対応した測定に適しているとされています(fig.1).実際の測定では,まず原子炉での原子核反応により発生した熱中性子線を試験体に照射させ,試験体を透過した中性子は蛍光コンバータにより光に変換され,2枚の鏡を反射して透過画像が撮影されます(fig.2).
なお,本研究は日本原子力研究開発機構の協力を得て,JRR-3M(fig.3)のTNRF装置(table.1)を用いて行っています.

fig.1 中性子と水分子間の原子核反応の概念図
table.1 本装置の仕様

fig.2 TNRFの仕組み

fig.3 日本原子力研究開発機構 JRR-3M

3.実験例
3.1 コンクリートひび割れ部における水分挙動の温度依存性に関する研究

コンクリート構造物に生じるひび割れは,通常の設計条件下において不可避なものであり,鉄筋腐食や漏水といった耐久性に影響を及ぼす要因となります.
本研究においては,人工的に発生させたひび割れに水分を供給させ(fig.4),ひび割れ内部での水分挙動を可視化することに成功しました.また,実験室内に温度制御装置を設け,異なる温度条件下でのひび割れ中の水分挙動(fig.5)の違いについて検討しました.fig.5は水分供給から60分後のNR画像です.この結果,本試験体では温度が高いほど,ひび割れ部に浸入する水量が多くなり,かつ,その水分移動も活発化することが示唆されました.
また,コンクリート試験体下面からの吸水試験も実施し,水セメント比,初期相対含水率,実験環境温度の違いによる吸水挙動の違い,および吸水時の水分の拡散係数の違いも検討した結果,10℃〜75℃の範囲において,温度が高いほど拡散係数がばらつく傾向が見られました.


fig.4 ひび割れへの水分供給概略図

fig.5 コンクリート(W/C50%,初期相対含水率0%)ひび割れ部における
    水分挙動 (左から10℃,35℃,50℃)


3.2 建築材料全般への適用可能性に関する研究

コンクリートに限らず一般的な建築材料にとって水は劣化因子のひとつであり,水の作用により長期には変形,強度低下などの機能低下を引き起こすことが知られています.したがって,材料内部での水分状態を把握することは極めて重要であるといえます.
そこで本研究では木材,石材,断熱材といった一般的な建築材料について,三角柱状の試験体を作製し,中性子ラジオグラフィにより測定し(fig.6),基礎的物性値として可探深度(測定可能な試験体厚さ)および質量減衰係数を算出することで本手法の適用性を検討しました.結果,全ての試験体において厚さが増すほど,画像上(fig.7),濃度が白くなっていくことが確認され,水分強度が増加(透過率が減少)していることが分かりました(fig.8).
本研究により,上記のような一般的な建築材料への中性子ラジオグラフィの適用が可能であることが分かりました.今後は本手法により,さらに高度な検証が可能と思われる実験を実施していきたいと考えています.



fig.6 測定方法概要

fig.7 木材のNR画像

fig.8 試験体厚さ-水分強度関係
4.今後の展望

中性子ラジオグラフィを用いることで,これまで明らかにされていなかった建築材料中の水分挙動について多くの詳細な知見を得ることができました.また,ここでは紹介できませんでしたが,建築外装材料を通した水分動態や,再生骨材とペースト間の水分挙動,ブリージングを介しての鉄筋近傍への水分供給の可視化,木材の難燃剤の含浸状況の可視化,NRによる保水性ブロックの性能評価といった実験も行ってきました.
今後は,高温時のコンクリート内部の熱・水分移動による爆裂への影響や,実環境下を模擬したコンクリート外壁内部での水分挙動,腐食鉄筋近傍の水分挙動について検証及び実験を行う予定です.


5.Link
なお、本研究は日本原子力研究開発機構、東京大学、名古屋大学と協力して行っています。

日本原子力研究開発機構
東京大学 建築学専攻 建築材料研究室
名古屋大学 都市環境学専攻 コンクリート工学研究室

また、兼松先生が作成したページもあります。 here

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